神戸地方裁判所 平成3年(行ク)13号 決定 1991年7月22日
申立人
玉置真人
右法定代理人親権者父
玉置義彦
同母
玉置常美
右申立人訴訟代理人弁護士
川西譲
同
足立昌昭
同
藤原精吾
同
深草徹
同
青木佳史
同
松本隆行
同
西田雅年
相手方
尼崎市立尼崎高等学校長
木津裕明
右相手方訴訟代理人弁護士
大白勝
同
上谷佳宏
同
木下卓男
同
福間則博
同
幸寺覚
主文
本件申立てを却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
理由
一本件は、申立人が、尼崎市立尼崎高等学校(以下「本件高校」という。)への入学を希望し、平成三年三月一五日学力検査(入学試験)を受けたが、同校校長である相手方は、同月一九日、申立人に対し入学不許可の処分(以下「本件処分」という。)をしたので、申立人は、本件処分は違法であるとして、その取消しを求める本案訴訟(当庁平成三年(行ウ)第二〇号事件)を提起し、その本案判決確定に至るまで、本件処分の効力を停止する旨求めたものである。
二申立人の本件申立ての趣旨及び理由の要旨は、別紙申立ての趣旨及び申立ての理由記載のほか、本決定中に挙示するとおりであり、これに対する相手方の意見は、別紙意見書記載のとおりである。
三(申立ての利益)
1 申立人は、本件処分の効力を停止し、暫定的に本件不許可処分のなされる前の状態に戻すことによって、申立人は、本件高校の志願者として、入学許可処分を求めうる法的地位を回復することができ、処分庁に再考の機会を与え、改めて適法な処分をすることが期待でき、入学の道を開くことが可能であるから、本件申立ての利益があると主張し、これに対し、相手方は、本件申立てについては、申立ての利益がない旨主張するので、まず、この点について検討する。
2 執行停止の制度は、行政事件訴訟の提起について執行不停止を原則とする行政事件訴訟法の下で、本案勝訴判決を得るまでの間の原告の法的地位の暫定的保護または本案勝訴判決による原告の権利ないし法的保護が無意味になることの防止を目的とするものであるから、行政処分の効力等の停止を求めることができるのは、申立人の権利の保全または損害の発生もしくは拡大の防止に直接役立つ場合に限られると解される。
ところで、本件の入学不許可処分のような拒否処分については、その効力を停止しても、当該不許可ないし拒否処分がされていない状態にまで回復するだけで、当該申請が許可されたのと同一の状態が仮りに形成されるわけでもなく、また、行政事件訴訟法三三条四項は、その効力として、同条一項を準用するだけで、同条二項を準用していないから、拒否処分の効力が停止されても、その決定に従って、処分庁が改めて決定の趣旨に従って新たな判断をしなければならない義務が生じるわけでもない。
したがって、不許可ないし拒否処分については、その効力を停止し、申立てに対して未だ処分がされていない状態に復帰することにより、申立人になんらかの法的利益の回復が認められる場合には、執行停止の申立ての利益があるということができる。
そこで、本件処分について、右のような執行停止によって回復されるような法的利益が認められるかどうか以下検討する。
3(一) 申立人は、まず、執行停止の効力一般につき、入学不許可処分のような拒否処分について執行停止の決定がされた場合でも、処分庁が許可処分をしなければならないという拘束力が生じるわけではないが、当該処分の取消しを命じる本案判決が確定した時といえども、処分庁は、なお他の事由に基づいて改めて不許可処分をすることができると解されており、取消判決の拘束力と停止決定の拘束力とは、程度の差はあっても、必ずしも許可処分がなされることにならないということについては変わりはないところ、一般に拒否処分の取消しの本案訴訟には、訴えの利益が認められていることからすると、拒否処分の取消訴訟における訴えの利益は当該判決の拘束力そのものに基づいて認められるものではなく、当該判決によって処分庁が改めて適法な処分をすることを期待できる点に認められるのだと考えることができるから、執行停止の場合にも、当該決定によって処分庁が改めて適法な処分をすることを期待できる場合には同様に考えることができると主張する。
(二) たしかに、申立人が主張するように、拒否処分の取消判決が確定したときといえども、処分庁は、他の事由に基づいて改めて不許可処分をすることができると解されているのであるから、必ずしも許可処分がなされるわけではないことはそのとおりである。
しかし、行政事件訴訟法は三三条二項で、いわゆる拒否処分が判決によって取り消された場合、同条一項の拘束力の一内容として特に「行政庁は、判決の趣旨に従い、改めて申請に対する処分」をしなければならない旨明記している。すなわち、取消判決によって、当該拒否処分はなかったことになり、未だ申請に対して許可・不許可の処分がなされていない状態に復帰し、処分庁は、改めて申請を待つまでもなく、当然に申請に対して処分をしなければならない義務を負い、しかも、取消判決の拘束力により、その違法とされた理由によって再び拒否処分をすることはできないのであるから、他の理由により拒否処分がなされる可能性があるのはともかく、事実上処分庁による適法な処分が期待できるに止まらず、拒否処分を取り消す判決の拘束力によって、原告は、当該判決で違法とされた処分理由に基づく拒否処分による不利益を免れることができるのであり、取消判決をすることが原告の不利益を除去する方法として有効適切であるといえるのである。
他方、執行停止の場合は、その効力として、行政事件訴訟法三三条一項は準用されるものの、同条二項は準用されていない。これは、本案については理由がないとみえないかどうかを消極的に、しかも、疎明資料によって一応確からしいというだけで判断する暫定的な処分に過ぎない執行停止にそれほど大きな効力を認めることは相当でないとの趣旨によるものと思われるが、処分庁は、処分の効力停止の決定に拘束されるものの、処分自体が存在していることに変わりはないから、行政事件訴訟法によっては、許可処分をする義務がないことはもとより、申請に対して応答する義務さえ負わないことになる。この場合、処分庁としては、自主的に拒否処分を取り消して、新たに許可処分することももちろん可能である(これは、執行停止がなくとも可能である。)が、処分の効力が停止されたまま本案判決がなされるのを待つことも、また、可能であり、そのいずれの態度を取るかは、本案判決がなされるまでは、もっぱら、処分庁の裁量に属するものということになる。
このような、差異を前提にすると、いわゆる拒否処分における取消判決と執行停止決定の効力を、単に処分庁の適法な処分が期待できる程度の差の問題として捉える考え方に与することはできない。
4 申立人は、本件執行停止により回復される具体的な法的利益があると主張する。そこで、当事者間に争いのない事実及び本件資料によれば、以下の事実が一応認められる。
(一) 学校教育法及び同施行規則によれば、高等学校の入学は、調査書その他必要な書類選抜のための学力検査の成績等を資料として行う入学者の選抜に基づいて学校長が許可することとされている。
(二) 平成三年度の本件高校の入学者の選抜の方法は、文部省の通知(昭和五九年七月二〇日付文初高等第二八三号文部省初等中等教育局長通知「公立高等学校の入学者選抜について」)にのっとって兵庫県教育委員会が定めた平成三年度兵庫県公立高等学校入学者選抜要綱に準拠して実施されたが、本件高校を含む尼崎市内の八つの公立高等学校の存する尼崎学区では、入学者の選抜を各高等学校ごとには行わず、特定地域に設置される複数の公立高等学校全体で総合調整の上、各高等学校の入学者を選抜する方法である「総合選抜制度」が採用された。
(三) 平成三年度兵庫県公立高等学校入学者選抜要綱によれば、総合選抜制度においては、入学者の選抜は関係高等学校長及び校長が任命した委員から組織される総合選抜管理委員会が行うこととされている。
具体的には、まず、同委員会に設けられる調査書審査委員会(関係高等学校長が任命した委員で組織し、委員長は互選。四〇四項)が、中学校長から送付された入学を志願する者の調査書を厳正に審査し、第三学年の学習の評定に一定の割合を乗じた値を総和(総配点五〇〇点)して作成した判定資料A及び調査書中の各教科の学習の評定の記録以外の諸記録(身体の記録を含む)を総合し各高等学校の教育課程の履修の可否についての観点から評定して作成した判定資料Bを合否判定委員会に報告(四〇五項)し、また同様に、学力検査成績審査委員会(関係高等学校長が任命した委員で組織し、委員長は互選。四〇六項)が各高等学校が実施した国語、社会、数学、理科及び英語の五科目(一〇四項)についての学力検査の結果(各教科一〇〇点、総配点五〇〇点)を兵庫県教育委員会の定めた方法によって採点して作成した判定資料Cを合否判定委員会に報告(面接が実施された場合、同様に報告されるが、本件では面接を実施していない。)する(四〇七項)。合否判定委員会は関係高等学校長で組織される(委員長は委員の互選で、本年度は相手方の高校長が選任された。四〇一項)が、判定資料AとCとを同等に取扱い(一〇三項)、その際判定資料Bは参考として用いて総合判定となるよう留意して合否を判定し(四一一項)、その判定に基づいて、各高等学校長が、合格者を決定する(四一二項)。
また、前記要綱一〇一項の別途指示によれば、合否判定委員会においては、尼崎学区の八校の受検者について、成績の上位の者から順に総募集定員を満たす合格者を決定し、ついで、各高等学校募集定員の一〇パーセントについては、成績上位の者から順に志望を優先して、残り九〇パーセントについて、住居を優先し、交通事情・特殊事情等を勘案して、各高等学校長が協議の上、それぞれの学校の合格者を決定することとされている。
(四) 本件においては、申立人の判定資料AとCとの合計点については、合格ラインに達していた。
しかし、相手方は、判定資料B及びこれに関連して申立人から前もって提出されていた診断書等の記載並びに諸般の事情を総合して判断した結果、申立人の身体的状況が高等学校の全課程を無事に履修する見込みがないものと判定して、不合格処分とした。
(五) 申立人の病名は進行性筋ジストロフィー(デュシェンヌ型)であるが、申立人は、尼崎市立南武庫之荘中学校の普通学級に入学し、体育実技はほとんど見学であったものの、申立人の努力、母親の付添い並びに中学教員及び同級生の協力によって、三年間をとおして優秀な学業成績を修めて、無事卒業した。国立刀根山病院の医師姜進作成の診断書によれば、現在歩行・起立が不能で車椅子生活の状態で、内科的診察では、呼吸不全、心不全を示す兆候は見られず、定期的な検査は必要だが高等学校三年間の就学は可能とされている。
本件高校では、過去に、病名は異なるが同じ筋ジストロフィーによる身体障害をもった生徒を受入れ、学校施設を改善し、教員、級友及びボランティアグループが交代で教室の移動、排尿時の介護等で協力し、無事送り出した経験がある。
また、申立人の級友の多くが本件高校に入学しており、その協力が期待できる。
(六) その後、申立人及びその関係者らは、相手方、尼崎市教育委員会及び兵庫県教育委員会等と、申立人の入学の可能性について話合いの機会を持ってきており、その中で、一旦、尼崎市立尼崎養護学校に入学の上、本件高校に転入させる案についての話合いも行われた。しかしながら、行政事件訴訟法一四条の出訴期間内に、本件高校入学の話合いがつかなかったので、平成三年六月一九日、当庁に対し、入学不許可処分の取消等を請求する訴訟(当庁平成三年(行ウ)第二〇号事件)を提起し、同時に、本件執行停止の申立てをした。
5 右認定事実に基づき、申立人の主張について検討を加える。
(一) 申立人は、①同人が内申書においても学力検査においても、合格に必要な得点は十分獲得しているのに、身体の障害があることを唯一の理由として不合格処分を受けたのであるが、本件処分の効力が停止されると、申立人は、暫定的にではあるが、合否判定以前の状態に戻ることになり、相手方は裁判所の決定に拘束されるか、又は決定の趣旨を尊重して新たな判断をして申立人に仮の救済を与えなければならないことになるところ、本件において、合否の判定をするときには、申立人の身体障害を理由とする不合格処分をすることができないことの必然的な結果として、また本件申立人の成績からすると改めて合格処分をする十分な可能性がある、②一般に法令に基づく申請をした者に対して、処分庁は、法に定める要件に合致するときは許可をすべき法的義務を負うが、本件において、申立人は、単なる申請者ではなく、入学許可を受けるのに必要な要件を充たし、相手方が許可すべき法的義務を負う結果、入学許可処分を求めることができる法的地位にある、と主張する。
(二) たしかに、前記4の認定事実によれば、申立人は、内申書及び学力検査において合格に必要な得点を獲得していたが、身体の障害によって本件高校の全課程の履修が不可能であると判断されたことを唯一の理由として本件処分を受けたことが認められる。この申立人の身体的状況に関しては、前記認定によれば、筋ジストロフィーの専門家である国立刀根山病院の医師によって三年間の就学は可能であるとの診断があり、万全ではないものの本件高校には一応車椅子の受け入れ可能な施設等も備えており、級友らの協力も見込めるという事情が認められる。したがって、申立人の身体的状況が高等学校の全課程を無事に履修する見込みがないという理由に基づく本件処分が違法であるとする申立人の主張が、全く理由がないということもできない。
しかしながら、本件処分が違法であり、その効力が停止されたとしても、相手方において、本件処分を前提とする行為をすることができないのは格別、それ以上に、相手方に申立人を合格させるよう強制することはできないのである。したがって、執行停止によって入学の実現に資するということはできず、申立ての利益が認められるためには、入学志願者としての地位にあること自体に法的利益が認められるような場合でなければならないが、本件では、入学不許可の後、相手方は何らの後行手続も予定していないのであるから、そのような地位が回復したからといって、その点に法的利益を認めることは困難であるといわなければならない。
(三) 申立人は、本件処分以降、申立人の両親や中等学校時の担任教諭その他関係者が、相手方、尼崎市教育委員会及び兵庫県教育委員会との間で、本件処分の撤回を求めて話合いを続けてきており、教育委員会側からは処分の撤回も示唆されていたが、相手方は、処分庁として、不許可処分をしたことにこだわり、その効力が形式的に存続するため、入学試験で「不合格」になった者に、どのような形式にしろ入学許可を与えることはできないという応答がなされることがあり、本件処分が当事者間の話合いによる自主的解決の障害となっているから、本件処分の執行停止決定があれば、当事者間の話合いにおいて、申立人を入学させることの形式的障害はなくなり、申立人の本件高等学校に対する入学可能性が得られると主張する。
しかしながら、一件記録によれば、入学不許可処分の存在がそれほど自主的解決の障害となっているとまでは認められないし、仮に自主的解決の障害となっていたとしても、執行停止によっては当該処分の効力が停止されるだけで、処分自体は依然として存続するのであるから、相手方が改めて許可処分を行うためには、不許可処分を自主的に取り消しておく必要があるのであり、その点においては、執行停止がない場合と同様であるから、執行停止の有無によって、自主的解決の可能性の程度に特に違いがあるとは考えられない。
また、相手方は、執行停止に際して、処分理由の正当性を主張して、申立ての理由を争う趣旨の意見も述べているから、このような場合、本案訴訟においても同様の主張をして、争う態度に出ると推測される。そうであるとすると、相手方は、本案訴訟の判決により、本件処分が違法とされ、同判決が確定しないうちは、自主的解決に応じる可能性は相当低いと認められる。
したがって、この点からしても、執行停止によって、自主的解決の可能性がそれほど向上するということはできない。
(四) 以上のように、本件処分の執行停止をしたとしても、そのことによって、改めて相手方に入学許可処分を義務づけるわけでもなく、入学許可の実現に資するわけでもないのであるから、この点について、執行停止の申立ての利益を認めることはできない。
6(一) また、申立人は、本件は、次に述べるような申立人の特別な事情から、執行停止決定をすることが回復不可能な損害の発生及びその拡大の防止に直接役立つ場合であり、執行停止を求めるについて法的な利益が存すると認めることができると主張し、右特別な事情として、①入学試験における違法な不合格処分が取り消されることにより、申立人の名誉や人格的な利益に対する侵害が回復されるという面が存するが、さらに本件では、申立人は、内申書の成績、入学試験の成績等に照らして、十分な合格点をとっているにもかかわらず、身体に障害を持つことを唯一の理由とした不合格処分がなされているのであるから、申立人の有する人格権に対する侵害は一般の健常者比べて著しいものであること、②さらに、申立人が進行性の筋ジストロフィー(デュシェンヌ型)疾患を有すること、また、本件高校において、申立人と同じ中学の同級生と、同じ学年で学べる期間はわずかにおよそ二年間しか残されていないことに鑑みれば、本件処分の効力が停止されずに、入学できない状態が継続することになれば、申立人の被る損害は回復不可能なものとなること、を挙げている。
(二) なるほど、入学試験における不合格処分が申立人の名誉を著しく侵害したことはそのとおりであると思われるし、前記認定事実によれば、申立人の判定資料A(調査書の学力評定)およびC(学力検査)の合計点においては合格レベルを越えているにもかかわらず、申立人の身体的状況という、申立人になんらの責任もなく、自分ではどうすることもできない事情によって、高等学校の全課程を無事に履修する見込みがないと、総合判断されたために不合格となったというのであるから、申立人の受けた精神的、人格的な苦痛は相当のものであったということは容易に推測することができる。
しかしながら、その損害の回復は、本件高校の入学が許可されて初めて癒されるものであるところ、前述のように、不合格処分の効力が停止されるだけでは、申立人の入学を直ちに実現することができないのであるから、この点に申立ての利益を認めることはできない。
また、前記認定事実によれば、申立人の病気は進行の速いデュシェンヌ型の筋ジストロフィーであるから、今後より履修が困難になることがあったとしても、状況が好転するとは考えにくく、本年度に本件高校での授業を受けられないならば、来年度以降に現在と同様の身体状況で授業を受けられるという保証はなく、現在授業を受けられないということ自体で、回復困難な損害回避の緊急の必要性が認められるといえる。また、入学が来年度になったとすると、就学についての協力が期待できる中学の同級生とは、二年間しか一緒に学ぶことができないという事情も、その緊急の必要性を補強するに足りるということができよう。
しかしながら、前同様に、これらは、本件高校の入学が許可されて初めて癒されるものであるところ、執行停止によっては、申立人の入学を実現することができない以上、申立ての利益を肯定することはできない。
四よって、その余の点につき判断するまでもなく、本件申立ては理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官吉野孝義 裁判官北川和郎)
別紙申立の趣旨
一、被申立人が平成三年三月一九日申立人に対してなした尼崎市立尼崎高等学校への入学不許可処分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。
二、申請費用は被申立人の負担とする。
との裁判を求める。
申立の理由
第一、当事者
一、申立人は昭和五一年一月九日尼崎市内で父玉置義彦、母常美の長男として出生した者であるが、昭和五五年五月二四日ころ、進行性筋ジストロフィー(デュシェンヌ型)と診断された。
申立人は昭和五七年四月に尼崎市立水堂小学校へ入学し、同六三年三月同校を卒業し、同年四月尼崎市南武庫之荘中学校に入学し、平成三年三月同中学校を卒業した。
二、申立人は尼崎市立尼崎高等学校(以下単に本件高校という)へ入学することを希望し、平成三年二月二五日所定の必要書類を添付して入学願書を被申立人尼崎市立尼崎高等学校校長(以下単に被申立人校長という)に提出し入学の出願手続をし、同年三月一五日学力検査(入学試験)を受けたが、同年三月一九日、同被申立人は申立人に対し入学不許可の処分をしたものである。
三、被申立人校長はあとで述べる通り本件高校の入学許可・不許可の処分をする権限を有する者であり、被申立人尼崎市は本件高校を設置管理し、且つ被申立人校長を任用しているものである。
第二、本件入学不許可処分及びそれに至る経緯
申立人は、昭和六三年四月から尼崎市立南武庫之荘中学校に在籍し、三学年末の本年二月、本件高校の平成三年度の入学を志願したが、本件校長より、入学不許可処分を受けた。その経緯は、次の通りである。
一、申立人は、右中学校へ進学した当初から、申立人の地元の普通高校である本件高校への進学を希望していたが、三学年になってから、申立人のクラス担任であった西澤慎(以下、「担任」という)に対し、右進学の意思を明らかにしていた。
二、平成三年一月一七日、担任が、クラブ活動検討委員会の席上、被申立人校長に対し、申立人が本件高校を受験する意思であることを伝えた。
三、同年二月七日、申立人は、申立人の母、中学校長及び担任の同伴で、本件高校を訪問し、被申立人校長、本件高校の教頭及び養護教員と面会し、申立人が本件高校を受験する意思の確認と中学校生活の様子や受験時の付添いの件などについて話し合った。
四、同年二月二五日、申立人は、中学校長を通じて、本件高校に対し、入学願書を提出した。
五、同年三月二日、申立人は、二月二〇日の被申立人校長の指示に従い、本件校長の指定した国立刀根山病院の姜進医師作成の診断書を、被申立人校長に提出した。
この診断書には、「傷病名 デュシェンヌ型筋ジストロフィー 上記疾患により、現在歩行・起立が不能で車椅子生活の状態です。内科的診察では、呼吸不全、心不全を示す徴候はみられず就学可能と考えます(高校三年間の就学は可能と考えますが、定期的に検査が必要です)。」と記載されていた。
六、同年三月四日、中学校長は、本件高校に対し、調査書(いわゆる「内申書」)を提出した。
七、同年三月一五日、申立人は、本件高校において母の付添いの下、総合選抜管理委員会の実施する学力検査を受検した。
八、同年三月一九日、合格発表があり、被申立人校長は、申立人に対し、本件高校入学の不許可処分をなした。
九、右入学不許可処分の理由に関しては、被申立人校長から、中学校長に対し、「成績には問題ないが諸々の状況の総合判断で不許可になった」旨が、また担任に対しては、「学科は問題ないが設備が整わない、体育の実技ができないから単位が与えられない」旨が、それぞれ告げられた。
第三、本件入学不許可処分の違法性
一、本件高校の入学選抜制度
まず、本件高校の入学志願者が、入学許可・不許可となるにいたる制度及び手続について概略を述べる。
1 学校教育法第四九条は、高等学校に関する入学に関する事項は監督庁がこれを定めるとしており、これを受けて学校教育法施行規則(昭和二二年文部省令第一一号)第五九条で、高等学校の入学は、調査書その他必要な書類、選抜のための学力検査の成績等を資料として行う入学者の選抜に基づいて、学校長が、これを許可すると定めている。
したがって、本件高校においても、その入学の許可は、入学者の選抜に基づいて、本件高校長が行うものであり、入学許可権限は本件高校長が有する(昭和三〇年五月二日文部省初等中等教育長回答参照)。
2 本件高校長が入学許可決定をするには、入学者の選抜に基づくことを要するところ、平成三年度の具体的な本件高校の入学者の選抜の方法については、学校教育法施行規則第五九条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二三条一号、同条四号、第三三条一項等に基づき、兵庫県教育委員会が、昭和五九年七月二〇日付文初高第二八三号文部省初等中等教育局長通知(「公立高等学校の入学者選抜について」)にのっとり、平成三年度兵庫県公立高等学校入学者選抜要綱(以下、「要綱」という)を定めており、これに準拠して実施されていた。したがって、被申立人校長は、右要綱の定めるところに従って、入学許可・不許可の決定をしなければならない。
3 ところで、右要綱においては、特定の地域においては、別途指示に従い総合選抜を行うことができることとされている。このいわゆる「総合選抜制度」とは、入学者の選抜を各高等学校毎には行わず、特定地域に設置される複数の公立高等学校全体で総合調整の上、各高等学校の入学者を選抜する方法である。
そして、要綱の定める別途指示に基づき、本件高校を含む尼崎市内にある公立高等学校においては、同市に設置される八つの公立高等学校全体で総合選抜が実施されている。本件高校は、平成三年度も、この総合選抜制度により入学者の選抜を行った。
なお、構成する八校とは、尼崎市立尼崎高等学校、兵庫県立尼崎北高等学校、兵庫県立尼崎西高等学校、尼崎市立尼崎東高等学校、兵庫県立尼崎小田高等学校、兵庫県立武庫荘高等学校、兵庫県立尼崎稲園高等学校、兵庫県立尼崎高等学校である。
4 そこで、総合選抜制度における入学者の選抜方法をみるに、要綱によれば、総合選抜制度においては、入学者の選抜は、総合選抜管理委員会が行うこととされ、合格者の決定は、同委員会に設置された合否判定委員会の合否判定に基づいて、高等学校長が行い、さらに入学校の決定を、合格者の志望、住居及び特別事情等を勘案して高等学校長が行うこととされる。
具体的には、「平成三年度兵庫県公立高等学校入学者選抜要綱第一〇一項の別途指示」において、合否判定委員会は、八高等学校の受験者について、成績の上位の者から順に総合募集定員を満たす合格者を決定し、次いで各高等学校募集定員の一〇%については成績上位の者から順に志望を優先し、残り九〇%については、住居を優先し、交通事情・特殊事情を勘案して、各高等学校長が協議の上、それぞれの学校の入学者を決定するとされている。つまり、各高等学校の受験者の上位一〇%については、居住地が志望高校の校区内であるかどうかを問わず入学決定され、その他については、志望校の如何を問わず、受験者の居住地にある高校への入学決定がなされるのである。
本件高校の入学決定を含む、八高等学校全体の合格者の決定と各高等学校への入学者の決定は、右のような基準で、合否判定委員会の場で同時に一括して、各高等学校長が行っているものである。
5 この総合選抜制度による入学者の選抜の制度・手続をさらに詳しく述べる。
(一) 入学志願
入学を志願する者は、一校一学科に限り、出願することができる。
この出願にあたっては志望者の中学校長が、入学願書、調査書、学級学習評定一覧票、学年学習評定配分票など所定の書類を提出する。
志願先の各高等学校において学力検査を行う。
入学者の選抜は、右の書類や学力検査の結果をもとに、総合選抜管理委員会によって行われる。
(二) 総合選抜管理委員会
総合選抜管理委員会は、関係高等学校長及び校長が任命した委員をもって組織され、同委員会には、次の委員会が設けられ、その任務、構成は次のとおりである。
(1) 調査書審査委員会
中学校長から送付された調査書の記載事項を厳正に審査し、判定資料A、判定資料Bを作成し、合否判定委員会に報告する。
判定資料Aとは、調査書中、学習の評定の記録の第三学年の、「国語」「社会」「算数」「理科」「英語」の五教科の評定と「音楽」「美術」「保健体育」「技術・家庭」の四教科の評定を一定の割合にしてこれを総和したもので、「総配点五〇〇点満点中何点」というふうに表される。
判定資料Bとは、調査書中各教科の学習の評定の記録以外の諸記録を総合したものである。ここには、「身体の記録」も含まれ、「各高等学校の教育課程の履修の可否についての観点から評定する」とある。
調査書審査委員会は、関係高等学校長が任命した委員で組織し、委員長は委員の互選によって決定する。委員の数は、各校同数とする。
(2) 学力検査成績審査委員会
各高等学校が実施した学力検査(学力検査実施科目は「国語」「社会」「算数」「理科」「英語」の五教科で、各教科一〇〇点、総配点五〇〇点)の結果を県教育委員会の定めた方法によって採点し、判定資料Cを作成し、これを合否判定委員会に報告する。
学力検査成績審査委員会は、関係高等学校長が任命した委員で組織し、委員長は委員の互選によって決定する。委員の数は、各校同数とする。
(3) 面接委員会(但し、面接を実施した場合のみ)
面接が実施される場合とは、受験者の進路に対する意志の確認等、調査書の記載事項とも関連して、受験者に対する理解を一層深める必要がある場合とされている。
面接委員会は、審査の公正を期するため、二名以上が面接にあたり、その結果を総合して判定資料を作成し、これを合否判定委員会に報告する。
面接委員会は、面接を実施する高等学校の教員の中から校長が任命した委員長一名、委員若干名をもって組織する。
本件高等学校の入学者の選抜においては、申立人も含め面接は実施されていないため、本委員会は開かれていない。
(4) 合否判定委員会
合否判定委員会は、各委員会から報告された判定資料A、B、C及び面接を実施した場合には面接委員会作成の判定資料に基づき、志願者の合否を判定する。
合否判定委員会は、関係高等学校長をもって組織し、委員長は委員の互選によって決定する。また、補助委員として、総合選抜管理委員会の委員の中から若干名を任命することができる。
平成三年度の合否判定委員会の委員長は、被申立人校長であった。
(三) 合否判定委員会の判定の方法
要綱の基本方針によれば、入学者の選抜は、中学校の校長から送付された調査書その他必要な書類、この要綱に基づいて実施する学力検査の成績等を資料として行い、この場合、学力検査の成績と調査書の学習評定との比重が同等となるようにする、と定められている。
また、調査書の特別活動、部活動等の記録において顕著な内容がある場合には、その内容を各高等学校の特色に応じて評価して特別に取り扱ってよいとされている。
具体的には、合否判定委員会は、判定資料A、Cを同等に取扱い、合否を判定することとされる。すなわち、判定資料Aの総配点を五〇〇点、判定資料Cの総配点を五〇〇点の同等に配分し、この両者の点数の合計点をとり、その中で高い点数の志願者から順に定員にみつるまでを合格の判定する。
その際、判定資料Bは参考として用い、総合判定となるよう留意するものとするとされているが、これは実際には、合否判定の境界線上にある志願者につき、判定資料A、Cの点数のみではその合否が判定できない場合に、各教科の学習の評定の記録以外の諸記録を含めた総合評価により判定するものである。
このように、合否判定の方法は、原則として、学力検査の結果と調査書を同等に評価したものの総点数の高低によって行われるものである。
(四) 本件高校の合格ライン
このような、毎年の入学者の選抜の結果の積み重ねにより、各高等学校毎の合否の境界線上の点数(いわゆる合格ライン)が、毎年の多少のズレはあるものの、平均的には実績としてかたまってくる。本件高校における合格ラインは、居住条件が適合する限り、一〇〇〇点満点中四五〇点前後であるとされている。つまり、本件高校においては、居住条件が本件高校の校区内にある限り、学力検査と調査書の総点で、四五〇点以上をとれば、ほぼ合格するということである。
6 入学許可決定
右の合否判定委員会の判定に基づいて、各高等学校長は、志願者の中から定員にみつるまで合格者を決定する。そして、これに基づき、各高等学校長は、各志願者に対し、入学許可・不許可決定をなし、通知する。
また、各高等学校長は、学力検査についての調査の結果を、県教育委員会事務局高校教育課長あて報告する。
以上が、本件高校における、入学者の選抜と入学許可・不許可決定にいたるまでの制度と手続の概略である。
二、本件入学不許可処分の違法性
1 判定資料の恣意的利用の違法性
本件高校の入学選抜にあたっては、要綱第四一一項1アに従い、判定資料AとCとを同等に取り扱い、合否が判定されること、その際、判定資料Bは参考として用い、総合判定となるよう留意するとされているが、実際には、合否判定の境界線上にある志望者につき、判定資料A、Cの点数のみではその合否が判定できない場合に、各教科の学習の評定の記録以外の諸記録を含めた総合評価により判定するものであること、本件高校における合格ラインは、居住条件が適合する限り、判定資料A、Cの合計点一〇〇〇点満点中四五〇点前後と考えられることは、既に前項で述べたとおりである。
申立人の場合、中学三年生の時の成績は、通知簿に記載されている各学科の学習の記録欄の評定によれば五段階評価で国語、社会、理科が五、数学、英語が四など九科目四五満点で合計三五点ときわめて優秀であり、当日の試験も万全で自分なりに満足出来る手応えを得ており、その他、これまでの調査に照らして、判定資料A、Cの合計点は一〇〇〇点満点中七〇〇点前後と考えられるのであり、前記の居住条件にも適合していることを考えれば、優に合格圏に達しているのである。それにもかかわらず、申立人に対し不合格判定がなされたのは、本来なら合否判定の境界線上にある志願者の合否判定のための参考資料にすぎない判定資料Bやその他の何らかの資料が重視されたものと考えざるを得ない。しかし、このような合否判定方法は明白に要綱第四一一項1アの定めるところに違反する恣意的なものであり、許されないところである。
2 障害を理由とする入学不許可の違法性
被申立人校長は、申立人に対する本件入学不許可の理由について、合否判定委員会における判定に従ったというほかに明確な説明はしていない。しかしながら、前項までに述べた経緯に照らすと、被申立人校長は判定資料Bやその他の何らかの資料を主たる資料として、申立人の身体的障害を認定し、これを唯一の理由として、合否判定委員会に不合格の判定をさせ、申立人を入学不許可にしたものと考えざるを得ない。このような被申立人校長の処分は、以下述べるとおり、違法であり許されない。
(一) 申立人の中学時代の通学状況
申立人は昭和六三年四月、尼崎市立南武庫之荘中学校に入学し、学校玄関にスロープを作る、階段に手すりを付ける、教室は三年間一階に配置するなど、学校側の配慮も受け、元気に通学し、普通学級で健常児とともに学習し、学業成績も大変優秀で、三年間を通して上位を維持した。二、三階の図書館、体育館を利用する時は、級友三人に車椅子ごと運んでもらい、ほかに二人位が協力して荷物を運ぶという方法が取られた。申立人には母親が付き添っていたが、登下校時の介護以外は、教室横の控室で待機し、一日に一回程度、排尿時の介護をするだけで済んだ。体育実技はほとんど見学であったものの、その他の野外活動や文化発表会などには他の生徒と同様に元気に参加した。このように申立人は重度の障害を抱えながら大変な努力をし、一生懸命に勉学にはげんできたのであるが、右中学校においては申立人のがんばりが他の生徒への励ましともなり、クラス全体の成績が伸びただけでなく、何よりも申立人を受け入れることにより、周りの生徒が思いやりや優しさの心を持つようになったという評価もなされている。
申立人は、中学時代の級友の多くが進学する本件高校への進学を強く希望して三年間一生懸命勉学にはげんで来たのであり、将来は、大学進学も希望しているが、中学校時代の経験からして、三年間の高校生活を送ることは十分に可能であり、また体力的にも耐えうる状態にあることは本件高校の求めに応じて受診した国立療養所刀根山病院の診断書からも明らかである。
(二) 本件高校の人的・物的受け入れ態勢、過去の身体障害者受入れ実績
(1) 本件高校には、すでに申立人と同じ筋ジストロフィーによる身体障害を持った生徒(町田久美子さん)を受け入れ、平成元年三月に無事、卒業させた実績がある。そして、その際、本件高校は、後で述べるように学校施設の改善を行っており、それは現在も当時のまま残されている。従って、本件高校は、現状の施設のままでも申立人の受け入れは可能であり、申立人を受け入れるための最低限の物的条件はすでに整っているのである。また、本件高校においては町田さんの経験もあり、中学時代に申立人を温かく支え、申立人のことを最も良く理解し受け入れていた前記南武庫之荘中学の級友の多くが本件高校に入学しており、本件高校には申立人を受け入れる最良の人的条件が備わっているといえるのである。
(2) 町田さんは、申立人と同じく筋ジストロフィーのため車椅子生活を余儀なくされていたが、昭和六一年四月に本件高校に入学し、平成元年三月に卒業するまでの三年間、本件高校側の配慮と両親、級友、本件高校教員等の支えにより、元気に本件高校に通学した。本件高校は、一年生の教室は四階、二年生は三階、三年生は二階と決まっているが、これらの教室への上下移動には、級友が積極的に協力し、車椅子ごと運んでいた。町田さん母親は、町田さんの祖母が寝たきりという事情もあって、登下校時の介護以外は必ずしも町田さんに付ききりであったわけではなく、排尿時の介護も女性教員や女性ボランティアグループが交替で行った。このように本件高校教員らと町田さんの母親とは互いに協力しあって、町田さんの高校生活を支えたのであるが、そのことは、特別に困難なことではなかった。
施設面では、町田さんの入学、進級とともに、町田さんのホームルームとなる二階から四階の各教室や移動先の保健室等のドアレールを埋め込み式のものに変えたり、学校内の玄関等に車椅子用のスロープが設置されたりしている。これらの施設は、町田さんの卒業後も現状のままに残されており、それを利用すれば、現状の施設のままでも申立人の受け入れは可能であり、申立人受入れのための最低限の施設はすでに整っているのである。現に、昨年も本件高校の三年生の女生徒(與ゆか子さん)が病気のため約三か月間、車椅子生活を余儀なくされるということがあったが、その際にも、これらの施設が利用され、級友の協力も得て、その女生徒も本年三月に無事卒業しているのである。
(3) 仮に、施設面に不備があったとしても、そもそも施設面の不備は、本来、申立人の入学を機に改善すべきであって、そのことをもって入学拒否の理由とすることはできないというべきである。そのことは以下に述べる尼崎市教育委員会通知の趣旨、経緯からも明らかである。
尼崎市では、障害の種類や内容を正しく把握し、障害児に最も適した教育を行うため、昭和五二年から専門家による障害児就学指導委員会が尼崎市教育委員会の諮問機関として設置され、障害児の普通小・中学校への就学が進められてきた。これを受けて、同市教育長は、昭和五七年一〇月二六日付けの小・中学校長宛の通知の中で、障害児教育推進のため、次のような指導をしている。
ア 障害をもつ子供たちが日常の学校生活を送るうえで「授業について来られない」、「この子は参加できない」とはじめから決めつけて置き去りにすることがないよう、あらゆる学校行事や学習活動に参加させるための教育的配慮をすること。
イ 将来、社会の中で共に生きていくため学校生活において子供たちがお互いの人格を尊重し、認め合い、温かい人間関係をはぐくむことが教育の基本であるとの認識のもとに障害をもつ子供たちが等しく、共に学び、共に遊ぶ学級づくりをすすめること。
(以下略)
尼崎市における、このような障害児就学指導委員会の設置や教育長の障害児教育推進の通知は、国連における一九七五年(昭和五〇年)の「障害者の権利宣言」(一九七五年一二月九日国連決議)、一九八一年(昭和五六年)の「国際障害者年」という世界的な障害者福祉改善の潮流を時代背景とするものである。
「障害者の権利宣言」は次のように述べている。
「障害者は人間としての尊厳が尊重される生まれながらの権利を有している。障害者は障害の原因、特質及び程度にかかわらず、同年齢の市民と同様な基本的権利を持ち、このことは、まず第一に、出来る限り普通の、また十分に満たされた、相応の生活を送ることができる権利を有することである。」(第三条)
障害を持つ人を障害者として取り扱うのではなく、その前に一人の人間として、普通の生活環境の中でノーマルな生活を送ることができる社会の実現がめざされるべきであり、障害者は地域に住む一市民として、通常の生活がおくれるような精神的、物理的環境が作られるため積極的な社会的支援が求められるのであり、成長発達期にある生徒児童として、健常者と同等の学校教育を受けられるような精神的・物理的環境づくりが求められるのである。
前記の教育長の通知は、直接には小・中学校長に対し発せられたものであるが、義務教育でないとはいえ高校進学率が九五パーセントを超える今日、障害児の教育の機会を保障しようとする右通知の趣旨は高等学校長をも拘束するといわなければならない。従って、施設面が不備というだけで障害児の受け入れを拒むことは、明らかに右通知の趣旨に反し、許されないのである。
(三) 体育実技の履修について
要綱第四〇五項1イによると、判定資料Bの作成にあたり、調査書の身体の記録については、各高等学校の教育課程の履修の可否についての観点から評定するとされている。申立人の場合、体育実技は、ほとんど見学のみとなることが予想されることは事実であるが、本件高校においては過去にも町田さん、與さんが無事体育の単位認定を受けてきた経緯がある。町田さんの場合も体育実技はほとんど見学であったが、記録作成を手伝ったり、体育大会では放送部員として参加したことを評価したり、或いは二人三脚ゲームでは、級友のひとりに車椅子を押してもらって参加させるなど、本件高校側は障害に応じた運動を工夫して、体育単位を認定してきた実績をもつのである。また、身体障害者以外にも内臓疾患等のため体育実技を履修できない生徒も存在するのであり、学校側はそのような場合でも障害ないし傷病に応じて、体育単位を認定してきているのであるから、申立人の場合だけ体育実技の履修が困難であることを問題にすることは許されない。このことは、前記の教育長通知の趣旨からしても明らかである。
(四) 県下及び全国の高校等における障害児受入れ状況
現在、兵庫県下の県立高校一五四校に「障害」を持つ生徒は三七四人おり、うち全日制普通科高校に一八六人が在籍している。また、文部省の平成二年度学校基本調査によると、平成二年三月に中学校の障害児学級を卒業した生徒は、全国で一万三七二人で、うち四一一六人が養護、盲、ろう学校高等部に進学し、一七五一人が普通科高校などに進学している。同省では、こうした生徒の受け入れにあたっては、障害だけを理由に拒否しないよう、高校側を指導しており、学習能力があれば、障害者と健常者が机を並べる姿が一般的になりつつあるのである。
(五) まとめ
このように申立人の場合は、申立人自身の中学時代の通学状況、学習能力や身体的能力などからして、本件高校に進学することが十分可能な状態にあり、また、申立人の級友の多くが本件高校に進学していることや将来の志望を考えると本人の成長発達のためには本件高校への進学が必要なのである。一方、本件高校としても申立人の成績、過去の身体障害者受け入れの実績、施設面、教課履修の点、いずれの点から考えても申立人の受け入れを拒む理由はないのであるから、被申立人校長が申立人の身体的障害を唯一の理由としてなした本件入学不許可処分は、憲法二六条一項、同一四条、教育基本法三条一項によって保障された障害児の能力に応じて等しく教育を受ける権利を侵害するものであり、違憲、違法な処分として許されないのである。
第四、効力の停止を求める理由および回復し難い損害の存在
一、前項記載の理由から申立人は本日御庁に本件不許可処分の取消を求めて本訴を提起したのであるが、執行停止決定により、早急に本件処分の効力が停止され、改めて入学許可がなされなければ、申立人がその希望する学校で適切な学校教育を受ける基本的権利が長期にわたって侵害され、回復困難な障害が生ずることになる。
二、申立利益の存在(効力の停止の必要性)
本件抗告訴訟の対象は入学不許可処分であって、これが取り消され、またはその処分の執行が停止されたとしても、直ちに本件高校に入学許可がなされたことにならないのは、もとより自明のことである。
しかしながら、申立人が出来るだけ早い時期に本年度の入学許可を得るためには、本件処分の取消が前提であり、その確定までに長時日を要することはほぼ確実であり、その間申立人の前記教育を受ける権利が侵害され続け、回復困難な事態を生ずることもまた明らかである。
然りとすれば、裁判所において、本件処分の執行停止をなし、本件不許可処分のなされる前の状態に仮に戻すことによって、処分庁に再考の機会を与え、入学許可への途を開くことが可能であり、この方法で回復し難い損害の発生を回避することは、行政処分執行停止制度の趣旨に合致する。
すなわち、「申請に対し、これを拒否する処分がないことに何らかの法的な利益が認められる場合には、拒否処分の執行停止を許さないとする理由はない」と解されている(最高裁判所事務総局編「続々行政事件訴訟十年史(上)」一九〇頁、「判例コンメンタール 行政事件訴訟法」三省堂二四五頁)。
本件の場合、不合格処分の効力を停止することによって、申立人は本件高校の入学志願者として、入学許可処分を求め得る法的地位を回復することができ、この地位を回復し、不許可処分がなされる前の状態に戻すことによって不許可処分の効力発生によって不可避的に生じてくる回復困難な損害の発生を避けることが可能となる。
類似の裁判例として、出入国管理令に基づく在留期間更新許可申請をなした者が法務大臣の不許可処分を受けた事案につき、その効力の執行停止を求める利益があるとした東京地裁昭和四五年九月一四日(行裁例集二一巻九号一一一三頁)がある。
三、回復の困難な損害の存在
1 申立人の年令において教育の空白を生じることの重大な損害
申立人は、進行性筋ジストロフィー(デュシェンヌ型)に罹患し、昭和六一年四月(尼崎市立水堂小学校五年生進級時)ころから、歩行は勿論、立位の保持もできなくなり、車椅子での生活となり、平成二年四月(同市立南武庫之荘中学校三年生進級時)ころから、腕を挙上することができず、脊柱の湾曲が顕著になり、同一姿勢の保持が困難になるなどの障害にもかかわらず、本人の努力、父母の励ましと献身、教師や級友の協力で、前記小学校及び中学校において、健常者とともに学校生活を過ごし、いずれも優秀な成績を収めてきた。
申立人は、そうした経験から、本件高校において健常者とともに勉学をすることは可能であると考え、本件高校を希望するに至ったものであり、将来は大学に進学することも夢見て、前記の如き障害をおして、本件高校に合格するべく努力を続けてきた。本件入学不許可処分は、申立人の希望や夢を無惨に打ち壊し、かつ申立人の努力を無にするに等しく、申立人に対し、著しい精神的苦痛を与えるものである。
進行性筋ジストロフィー(デュシェンヌ型)は、個人差はあるものの、一般に一〇才前後で歩行不能となり、一六乃至一八才ころには自力での座位保持不能となり、その後も病状が進行を続け、不幸な転帰を迎えることが多いと言われている。
ところで健常者と比較して、重度の障害を持つ者にとっては、毎日の一瞬、一瞬を希望をもち、有意義に生きることが一層重要であることは容易に理解できることであるが、前記の如き進行性筋ジストロフィー(デュシェンヌ型)に罹患している申立人にとっては、なお一層毎日の一瞬、一瞬が貴重な価値を有することはいうまでもないことである。
本件入学不許可処分により、申立人の被っている精神的苦痛は、前記の如くもともと著しいものであるが、これは申立人のように進行性の障害を持つ者にとっては、想像を絶するものがあるといわねばならない。のみならず、これは申立人の希望どおり、本件高校に入学し、申立人の希望が実現するまで、持続するものである。
申立人の南武庫之荘中学時代の同級生の多くが本件高校に学んでおり、三年間親しんできた級友と机を並べて勉強がしたいというのは、申立人の心からの願いでもある。
本件高校の場合、単位認定に関する規程により、年間授業日数の三分の二以上の出席日数を確保しなければ、次の学年に進級することができないのであるから、この点でも、空白の期間が続くことを避ける必要がある。
かようにして、本件不合格処分が存在することは、申立人にとって、文字通り「回復の困難な損害」――実際は「回復の不可能な損害」である――を日々生ずることである。
2 判例における「回復の困難な損害」と教育を受ける権利
本件のような場合においては、行政事件訴訟法二五条二項にいう「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある」と解することが相当であり、これまでにも次のような判例が出されている(前記「続々行政事件訴訟十年史(上)」二〇二頁)。
①国公立大学学生の停学処分の効力停止の申立について(積極)
札幌地決昭和四五年三月二三日行裁集二一巻三号五六一頁
その抗告審札幌高決昭和四五年五月二日行裁集二一巻五号七五七頁
②小学校児童の転学処分の執行停止の申立について(積極)
名古屋地決昭和四三年三月三〇日行裁集一九巻三号五六一頁
③教育委員会がなした中学校生徒の退学処分の効力停止の申立(積極)
浦和地決昭和五二年四月三〇日行裁集二八巻四号四三四頁
④福祉事務所長がなした近隣の同和保育所以外の保育所への入所措置の効力停止の申立について(積極)
福岡地決昭和五二年五月一九日行裁集二八巻五号四九八頁
⑤大阪高決平成元年八月一〇日判時一三三一号三八頁
とりわけ、右④の事案は、申請人の希望以外の保育所に対する入所措置の効力の執行を停止した事例であるが、「本措置の効力が停止されると本件児童を保育すべき保育所が存在しないこととなり、却って回復困難な損害を生ずる」との行政庁の主張について、裁判所の決定は、「本件児童を貴船保育所に入所させる旨の本件処分の効力が停止された暁には、被申請人おいて更に本件児童を適切な保育所に入所させる措置をとるにつき法律上の妨げとなるものはないと解すべきであ」ると判示している。
本件においては、不合格処分の存在によって、申立人に何の利益もないどころか、その効力が維持されることにより、被申立人において更に適切な処分をなすことの妨げとなっているのである。
第五、行政事件訴訟法二五条三項後段の要件について
行政事件訴訟法二五条三項後段にいう「本案について理由がないとみえるとき」とは、執行停止の申立が主張自体明らかに不適法または理由がない場合であるとか、疏明が全くないか、または不十分である結果、本案請求の理由のないことが明らかである場合をいうものと解すべく、処分の違法性の疑いが多少とも存するとき、もしくは本案の理由の存否がいずれとも決しがたい不明の場合は、同条項に該当しない(仙台高決昭和五一年五月二九日行裁例集二七巻五号八一二頁)。
右判例と同旨で、かつその主張立証責任は被申立人にあることを明確に述べた判例(福岡高決昭和四四年六月三日行裁例集二〇巻一〇号一一七七頁)もある。
第六、結語
以上のように、本件申立については、執行停止の必要性、緊急性その他すべての法律要件を充たしており、申立人のために一刻も早くこれを命ずる決定をなされるよう、裁判所に切望する次第である。
別紙意見書
第一 申立の趣旨に対する意見
一 本件申立てを却下する。
二 申立て費用は申立人の負担とする。
との裁判を求める。
第二 申立の理由に対する認否
一 第一について
1 一について
申立人が進行性筋ジストロフィーと診断された日は不知。その余は認める。
2 二について
認める。ただし、入学願書が提出されたのは、平成三年二月二三日であり、また、必要な添付書類がすべて添付されていたわけではない。
3 三について
認める。
二 第二について
1 一について
西澤慎が申立人の三学年のクラス担任であったことは認め、その余は不知。
2 二について
認める。
3 三について
認める。ただし、訪問の趣旨は、受検場の下見であって、話合いがされたわけではなかった。
4 四について
認める。ただし、「二月二五日」とあるのは、「二月二三日」である。
5 五について
被申立人が国立刀根山病院を指示及び指定したとの主張を争い、その余は認める。ただし、診断書が提出されたのは、三月一日である。
6 六乃至八について
認める。
7 九について
被申立人が中学校長に対し「諸々の状況の総合判断で不許可になった」旨告げたことは認めるが、その余は否認する。
三 第三について
1 一について
認める。ただし、
4のうち、志望高校の校区内であるかどうかを問わず入学決定されること、受検者の居住地にある高校への入学決定がなされることは争う。
5(二)の(1)及び(2)のうち、「算数」とあるのは、「数学」である。
5(三)のうち、判定資料Bが合否判定境界線上にある志望者についてだけ判定資料とされるとの主張は争う。
5(四)については争う。
6のうち、各高等学校長が、不許可決定の通知をするとの主張は争う。
2 二について
(1) 1について
入学者選抜に当たっては判定資料AとCを同等に取扱い、判定資料Bを参考として用い、総合判定となるよう留意するとされていることは認め、申立人の中学三年生のときの通知簿記載の成績については不知。その余は争う。
(2) 2(一)について
申立人が元気に通学したこと、登下校時の介護以外は一日に一回程度排尿時の介護をするだけで済んだこと、野外活動等に元気に参加したこと、申立人が三年間の高校生活を送ることが十分に可能であり、体力的にも耐えうる状態にあるとあるのは争う。申立人のがんばりによってクラス全体の成績がのびただけでなく、回りの生徒が思いやりや優しさの心を持つようになったかどうか、申立人が本件高校への進学をめざして勉学に励んだかどうかは不知。その余は認める。
(3) 2(二)について
(1)のうち、筋ジストロフィー(ただし、申立人とは病名が異なる。)の障害を持つ女生徒(申立人は個人名を示しているが、本人のプライバシー保護のため、被申立人は以下「女子生徒」という。)を本件高校に受け入れ卒業させたこと、その際に本件高校の学校施設の改善を行い、現在それが当時のまま残っていること、本件高校に南武庫之荘中学校の卒業生が多く入学していることは認め、その余は争う。
(2)のうち、右女子生徒が元気に本件高校に通学し、その学校生活が特別に困難なことではなかったこと、現状の施設のままでも申立人の受け入れは可能であり、最低限の施設はすでに整っていることはいずれも争い、その余は認める。
(3)のうち、障害児就学指導委員会が設置されていること、申立人主張の内容で、昭和五七年一〇月二六日付けの小・中学校長宛の通知及び障害者の権利宣言が存在することは認め、その余は争う。
(4) 2(三)について
前記女子生徒の体育実技がほとんど見学であったこと、申立人の体育実技の履修が困難であることを問題にすることは許されないとの主張は争い、その余は認める。
(5) 2(四)について
障害児の在籍及び進学状況については認め、その余は争う。
(6) 2(五)について
争う。
四 第四について
1 一及び二について
争う。
2 三について
1のうち、申立人が進行性筋ジストロフィー(デュシェンヌ型)に罹患し、尼崎市立水堂小学校五年生進級頃から歩行、立位の保持ができなくなり車椅子での生活になったこと、南武庫之荘中学校三年生進級頃から腕を挙上することができず、脊柱の湾曲が顕著になり、同一姿勢の保持が困難になったこと、進行性筋ジストロフィー(デュシェンヌ型)は、一般に一〇歳前後で歩行不能となり、一六乃至一八歳頃には自力での座位保持不能となり、その後も病状が進行を続けること、南武庫之荘中学校の同級生の多くが本件高校に学んでいること、本件高校では年間授業日数の四分の三(三分の二ではない。)以上の出席日数を確保しなければ、次の学年に進級できないことは認め、その余は争う。
2のうち、①から⑤までに掲げる決定が存在することは認め、その余は争う。
五 第五及び第六について
争う。
第三 一九九一年六月二〇日付け補充意見書に対する認否
一 一及び二について
争う。
なお、二1のうち、処分撤回を求めて話合いを続けてきたこと、処分撤回の可能性が示唆されていること、既に不許可処分をなしたことにこだわっていることはいずれも否認する。
二 三について
申立人の罹患する進行性筋ジストロフィー(デュシェンヌ型)は、一般に一〇歳前後で歩行不能となり、一六乃至一八歳頃には自力での座位保持不能となり、その後も病状が進行を続け、二〇歳前後で不幸な転帰を迎えることが多いこと、申立人の南武庫之荘中学校時代の同級生の多くが本件高校に学んでいることは認め、その余は争う。
第四 被申立人の主張
一 申立利益について
1 はじめに
申立人が執行停止の利益があるとする主張の内容は、必ずしも明確ではないが、その趣旨を以下のとおりと理解したうえで被申立人の主張を述べる。
申立人においても、拒否処分ないし不許可処分に対する執行停止について一般的には申立の利益がないことを承認するけれども、例外的に拒否処分ないし不許可処分についても執行停止が認められる場合があり、いくつかの決定例を挙げて本件もその例外に属するとする。そして、申立人の挙げる申立の利益は、詰まるところ、執行停止決定によって被申立人に再考の機会が与えられる効果があることに尽きるようである。
しかし、例外的に申立の利益がありと認められたものとして申立人が挙げるいくつかの決定例は、何れも、後に述べるように法的な利益が存する事例であって、被申立人に再考の機会が与えられる効果があることを理由とするものは皆無である。
のみならず、仮に、被申立人に再考の機会が与えられることをもって、執行停止の申立の利益が存するとすれば、拒否処分ないし不許可処分に対する執行停止は、すべて申立の利益があることになり、右の申立人の主張と矛盾する。
2 申立書第四の二について
申立人は、執行停止によって申立人が入学許可を求め得る法的地位を回復し、不許可処分の効力によって生ずる回復困難な損害の発生が回避できるというが、申立人のこの主張は、全く不可解と言わざるを得ない。
執行停止によって不許可処分がなされる前の状態に戻るという主張は、首肯できる。しかし、不許可処分がなされる前の状態に戻すことが回復困難な損害の発生を回避することには結びつかない。右申立人の主張する回復困難な損害の発生とは、申立人が入学を許可されていない状態を意味するものと解する(それ故に、本案訴訟を提起している筈である。)が、右不許可処分がなされる前の状態とはまさにこの入学を許可されていない状態を意味するにすぎない。申立人は、一方で執行停止によって、許可されたと同一の法律状態を作り出すわけでも、許可すべきことが行政庁に義務づけられるわけでもないことも認めている。被申立人に再考の機会を与えることは、執行停止決定の効果ではないことは極めて明らかである。
そもそも訴え・申立の利益とは、権利ないし法的利益を実現するために判決・決定によってその実現を図る実益がある場合にはじめて、認められるのである。
仮に、被申立人に再考の機会が与えられることをもって、執行停止の申立の利益が存するとすれば、拒否処分ないし不許可処分に対する執行停止は、すべて申立の利益があることになる。これは、拒否処分ないし不許可処分に対する執行停止は原則的には認められないが、例外的に認められる場合もあるとする通説・判例に反するのみならず、申立人の主張(申立人自身もこのことは補充意見書一において認めている。)とも矛盾する。
なお、申立人が類似の決定例として挙げる東京地裁昭和四五年九月一四日決定は、執行停止決定を得ることによって、たとえ旅券に記載された在留期間が過ぎても不法残留としての責任を問われないという意味において本邦に残留することができるという点に申立の利益を認めたものであって、本件申立と類似するものではない。
3 補充意見書一について
申立人のいう「限界的事例」「当該処分を取りまく社会的かつ制度的状況」の意味及び本件がどのような意味において例外的な事例であるのか、全くもって不明と言わざるを得ない。
4 同二の1について
執行停止決定によって、被申立人が既にした処分を考え直してくれるのではないか、改めて処分してくれるのではないかと申立人が一方的に期待感を抱くことがあっても、それが法的利益と言えないことについては前述したとおりである。
不許可処分を取り消す本案判決が確定した場合においても、その判決の基礎となった事由以外の事由で改めて不許可処分にすることはなるほど可能である。しかし、同一の事由で再度不許可処分にしたり、不許可処分を前提とする後行の行為を行うことはできない(行政事件訴訟法三三条一項)だけでなく、判決の趣旨に従い、改めて申請に対する処分をしなければならない(同条二項)。不許可処分の執行停止決定についても、同一の事由で再度不許可処分にしたり(そもそも当初の不許可処分はその執行だけ停止され、処分自体はまだ存在している法律関係の中で再度不許可処分にすることは有り得ないが)、不許可処分を前提とする後行の行為を行うことはできない(同条三項で準用する同条一項)。しかし、改めて申請に対する処分をしなければならないわけではない(同条三項は同条二項を準用していない。このことが、不許可処分について、一般的に執行停止が認められない所以である。)。取消判決、執行停止決定には、判決、決定を無意味ならしめるような行政庁の作為、不作為を禁ずるため、このような効果が認められており、これを一般的に拘束力とよんでいるのである。
処分の執行を停止する決定の効果及び右のような効果(拘束力)によって目的を達成しえないような執行停止の申立については、申立の利益はないということになる。せいぜい一方的な期待感程度しかもたらさない執行停止の申立には、申立の利益がない。なお、被申立人には後に述べる理由により本件不許可処分をしたものであって、これを撤回する意思はない。
5 同二の2について
申立人が申立の利益が認められたものとして掲記する東京地裁昭四二・一一・二七決定は、執行停止によって申立人らがその申請どおりの集団示威運動をなしうるにいたることを理由にして、また、札幌地裁昭三四・五・一一決定は、執行停止によって試掘権者は鉱業法二〇条の規定により試掘権が存続するものとみなされることを理由にして申立の利益を肯定したものであり、いずれも法的利益の存することが明らかであって、本件とは全く事例を異にする。
また、申立書第四の三の2掲記の⑤の大阪高決は、入所措置処分を保育所変更処分と見た上で、執行停止により措置期間満了後も原保育所で引き続き保育されることになることを申立の利益と判断している。なお右大阪高決の原審は、入所措置処分を申請に対する拒否処分と見て、執行停止の申立を却下している。
申立書第四の三の2掲記の④の福岡地決は、拒否処分についての執行停止の申立ではなく、また、回復しがたい損害の存否に対する判断として、申立人主張のように「被申請人において更に本件児童を適切な保育所に入所させる措置をとるにつき法律上の妨げとなるものはない」と言っているのであって、裁判所の期待可能性を法的利益と評価したうえでの決定ではないものと考えられる。
その他の申立書第四の三の2掲記の決定は、何れも拒否処分に対する執行停止の事例ではない。
二 回復困難な損害の不存在について
申立人は現在においても、尼崎市立尼崎養護学校高等部に入学できるのであり、むしろその方が申立人にとって望ましいと考えられるから、執行停止が認められなくとも、申立人に回復困難な損害があるとはいえない。
三 本件不許可処分の正当性について
1 本件不許可処分は被申立人が行ったものであるが、これは、申立人主張のように、兵庫県公立高等学校入学者選抜要綱(以下「要綱」という。)及び要綱第一〇一項の別途指示に従い、被申立人を含む八人の関係高等学校長により構成される合否判定委員会の合否判定の結果に基づいて行ったものである。
2 申立人に係る合否判定では、判定資料A及びCの合計点については合格ラインに達していた。しかし、判定資料B及びこれに関連して申立人らから前もって提出された診断書などの記載並びにその他諸般の事情を総合判断した結果、申立人の身体的状況が高等学校の全課程を無事に履修する見通しがないものと判定され、不幸にして不合格との結論に至ったのである。
この点に関し、申立人は、判定資料Bは合否判定の境界線上にある志願者につき、判定資料A及びCの点数だけではその合否判定ができない場合に限って参考にすることができると主張する。しかし、要綱四一一項(1)、更には学校教育法施行規則第五九条一項の規定に照らせば、申立人のこの主張が不当であることは明らかである。合否判定に際し、判定資料Bは全ての受検者について参考として用いられるものである。そのことが正に「総合判定」なのである。
3 申立人の受検時の身体的状況は、被申立人が申立人に会った際の観察、中学校長からの報告などからして、障害の程度は相当に進行しており、疎甲第一六号証に記載のステージ(障害度)七に該当する可能性が極めて高い。
4 申立人は、級友の手助け、学校の配慮によって、中学校の課程を修了できたことをもって、本件高校でもそれが可能であると主張する。しかし、高等学校は、義務教育を施す中学校とは次の諸点で異なっており、中学校でできたから高等学校でもできるというわけにはいかない。
(1) 中学校では進級、卒業できないということは極めて異例に属することであるが、高等学校においては、学習の到達度が一定の水準に達しない場合や一定時間数以上授業に欠席するとその教科・科目の単位修得が認められず、進級できない場合がある(因みに、本件高校の場合には、一科目でも不認定科目があれば、進級できない。)。一定の限度を超えて特別活動を欠席した場合にも進級が認められない。
なお、体育は必修科目とされており、この単位が修得できないと進級できないものとされている。
(2) 中学校では、ホームルームで授業を受けることが多いし、教室を移動する場合でもクラスの者全員で移動する。一方、高等学校においては、全科目の三分の一以上が選択科目であり、必然的に教室の移動回数が多くなる。しかも、その移動も、クラスの者全員が同じ教室に移動するわけではなく、生徒の選択科目に従いそれぞれの教室に移動する。
したがって、申立人のホームルームやクラス編成に可能なかぎり配慮したとしても、申立人の教室移動を皆無にすることは不可能であり、移動に当たり教職員や級友などの介助にだけ期待をかけることは困難であり、また、危険も予想される。
5 申立人は、また、本件高校には申立人と同じ筋萎縮症の障害を持った前記女子生徒を受け入れた実績があり、本件高校には申立人を受け入れる人的物的条件が整っているとして、申立人の入学も可能だと主張する。
しかし、彼女は、同じ筋萎縮症と言っても申立人とは病名(ウルリッチ病)も障害の程度も異なる。申立人の受検時における身体的能力は、右に述べたとおり、彼女のそれと比べ、著しく劣っている。彼女は、申立人と異なり運動機能がまだ相当残っており、二年生のときでも、浮きを着けてではあるが、三〇〇メートル泳ぐことができたほどである。
その彼女でも、三年生後半になると、授業を休んで保健室で休養しなければならない日が多くなってきて、辛ろうじて卒業できたような次第である。彼女よりも障害の程度がひどく、しかも、筋ジストロフィーの中でも筋萎縮の進行が最も急速であるとされているデュシェンヌ型筋ジストロフィーに罹患している申立人について、彼女を受け入れた経験と設備を持つ本件高校において教職員や級友さらには母親の介助が期待できたとしても、高等学校の全課程を無事に履修する見通しがないものと判断したのは、正当である。
6 合否判定委員会を構成する各校長は、いずれも長年にわたって高等学校教育に携わり、この分野に関して豊富な知識・経験を有している。その校長らが慎重審議の結果全員一致で、全ての受検者につき合否を判定したものであって、本件不許可処分が、被申立人が恣意により合否判定委員会に不合格の判定をさせたとの申立人の主張は失当である。
因みに、義務教育に関してではあるが、学校教育法施行令第二二条の二の表に掲げる障害を有する者は養護学校において教育すべきものとされており、申立人は右障害の程度に該当する。
7 右の次第であって、被申立人が申立人に対して行った本件不許可処分は、違法あるいは不当と評価される点はなく、正当な処分であったことは明らかである。
四 結語
右に述べたように本件執行停止の申立は、申立の利益がないのみならず、これを求めなければ回復困難な損害があるとはいえず、また、本案について理由がないとみえるので、速やかに却下されるべきである。